最近読んだ本

2009年3月22日 (日)

勉強法の本 つづき

 先日は、古市 幸雄氏の勉強法の本について書いてみましたが、勉強法とともに、私にとって最も重要な内容が書かれていたのです。

 以前にも書きましたが、私は読書が好きで、毎月3万円ほど使っていました。

 そして、カード決済で半ば衝動買いをしてしまったおかげで、クレジットカードのリボ払いの借金が増えてしまい、個人再生手続きをせざるを得ない状況にまで陥ったのでした。

 そんな有り様なので、私の釣りのキャンピングカーである、スズキエブリイワゴンの助手席には本がてんこ盛りで、まさに積ん読状態!! 移動書斎と化しております。

Tunndoku

 ま、これはこれで、スピードを出せないので、スピード違反で切られることもなく、以前よりも車で外出することが少なくなってしまったので、ガソリン代を節約するのにはいいのですが。

 ただ、今年10月の初回の車検時に、全て車から降ろさなければならず、今年最大の悩みの種であります。今考えても、ゾーッとしています。

 そんなことはともかく、本の購入や読書について、古市氏はこう書かれています。

 読書は自己投資であるので、身銭を切って購入すべきであり、お金を惜しんで立ち読みで済ませようとするのでは、内容は身につかないものである。

 そして、どうしても読みたい本があれば、許す限り購入して、その日のうちにすぐに読んでしまう。購入してもすぐに読まない本は、結局いつまでたっても読まないままで終わってしまうとのこと。

 それから、勉強法に絡めて、こうクギをさされています。

 勉強法の本を購入する人は、勉強の方法を知るために読んでいるはずなのに、肝心の勉強を実際に行おうとせずに、勉強法の本ばかり求めて読んでいる人が非常に多いという。自己啓発のセミナーも同様なのだとか。

 そんな、自己啓発にまつわる落とし穴があると指摘されている。

 確かにそれでは本末転倒である。「なぜ実際に仕事を始めないか。すぐに仕事場に帰れ。」と、古市氏も、故 本田 宗一郎氏の講演会のときに一喝されたのだという。

 この箇所を読んで、非常に猛省させられました。私も、このワナに見事にはまっていたのでした。

 「お前は、この本すべてを読めるほどの命があるとでも思っているのか、この自惚れ者が!!」

 「仏法に明日はない。お前は、信心決定一つ、後生の一大事の解決一つのために、人間として生まれ、生き、この先も生きてゆかねばならないのではないか!!」

 このように、無上仏の声なき声がしている気がしました。襟を正された思いがしました。

 この勉強本を読んでからは、勉強法のみならず、必要以上の本の衝動買いを抑える知恵を頂きました。

 ここに改めて、必要以上の本の衝動買いを慎み、教学と公害防止管理者の勉強に専念することを、ここにお誓い申し上げます。

  

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2009年3月21日 (土)

勉強法の本

 私は年頭所感に、教学と資格の勉強を実行すると書きました。それから先月2月より、実際に試行錯誤しながら実行してきました。

 そして先日、親鸞会の編纂している、教学聖典1巻(全部で9巻まであります。)の試験(全部で50問あります。)を受験して、行ってきた勉強法に手応えが得られました。

Kyougaku

 指針とした勉強法の本は、古市 幸雄氏の以下の2冊であります。大変なベストセラーとなっており、ここにご紹介させて頂きます。

Study1

 2冊とも200ページほどの本でしたが、人一倍読書をして勉強をしたつもりになっていた私にとって、非常にカルチャーショックを受けてしまいました。

 はじめに、左の本のことから書いてみます。

 まず驚くべきことは、この本は、勉強をしたことがない人を前提に、学生や社会人のみならず、中学生が読んでみても、非常に分かりやすく書かれています。3、4時間あれば読破できるでしょう。

 中でも、帰宅後2時間テレビを見てダラダラと過ごす人は、80歳の天寿を全うしたとして、テレビを見ていない人と比べて、8年間も無駄にしてしまうのだとか。

 また、毎日30分や1時間の勉強を長期間続けて、潜在意識に働きかけるようにしていき、それが習慣化できれば、初めは成果が目に見えなくとも、成果が二次曲線的に表れてくるとのことです。

 そして、読書や勉強といった、自分自身への投資が、巷の金融商品なんかよりも一番リターンの高い投資であり、変化の激しい現代社会においては、今、自己投資をしなければ、5年先、10年先にある程度の収入を確保できる保証はないということであります。

 あと、日常の食事が勉強に大きく影響していて、食後すぐには勉強しない、できるだけ野菜とご飯中心の食事にして、胃に負担をかけないようにするといったことが、意外な内容でした。

 次に、写真右の本に関してですが、前述の内容を重複させつつ、主に、朝方に勉強するメリットについて書かれています。

 夕方は、急な残業があったり、帰宅してもテレビや家事、一日の疲れのために、勉強が思いのほかはかどらないことが多いのです。確かにその通りで、これまで私は、勉強もままならずに寝てしまう日がほとんどでした。

 それに対して朝方は、以上のような誘惑がないので、睡眠から覚めて疲れのない状態から勉強でき、時間が限られていることで、勉強に集中でき、実際の仕事上でも、テキパキと要領よくこなすスキルまで身につけられるということで、メリットが大きいとの話です。

 昔から、「早起きは三文の得」というのも頷けます。

 以上をふまえて今後、私自身このように決めました。

 出張のない社内勤務で定時退社の日は、夜22時には就寝して、翌朝4時に起床。1時間半、教学と公害防止管理者の試験勉強をします。

 そして、いきなり毎日早起きするのは難しいので、さしあたり先ずは月、水、金、日ようとし、やがてそれを毎日としていけば理想的であります。

 今後は、教学聖典2巻から9巻の合格と、公害防止管理者4種の合格を目指して勉強に励むことを、ここにお誓い申し上げます。

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2008年5月25日 (日)

「お金」崩壊 を読んで

 今週に入ってからは、日中の気温が25℃を超え、汗ばむ日が続くようになった。少し蒸し暑くなってきて、上着は半袖シャツでもいいくらいだ。

 そして、この週末の休日は、土日ともあいにくの雨である。なんか梅雨の気配がしてきた。釣りをしてからの雨は全然平気なのだが、行く前の雨天は気分も滅入ってしまうものだ。オートバイに乗るときも同様である。

 かねてより予定していた、屋外の駐車場での車中の整理もできない。でもこんな日こそ、ブログで自分の考えを整理するのにはちょうどいいものだ。

 ただ何も考えずに、反省をしないまま、仕事や釣りをしていたのでは、何の進歩もない。

 ただ生きている、というのはあまりにも空しい。ノラ猫と同じだ。

 そんならば、何十年先に死んでも、今死んでも、おんなじや。

 私はそんな無気力な生き方などしていない。できるものか。

 最近、「お金」崩壊 青木 秀和著 集英社新書 という本を読んだ。

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 全体的には、経済関係の読みづらい文章がほとんどだったが、第二章の 借金の本質という箇所は、私にとって非常に看過できない部分があった。

 以下に抜粋します。

 お金を借りて返さないでおくと、返さなければいけないお金は一方的にどんどん増えていってしまう。ここに借金の本質がある。

 つまり、借金とは、単にお金を借りて使うことではなく、借りたお金を「増やして返す」という経済行為なのだ。

 たとえばコインロッカーを借りた場合、借りたのはロッカーという空間なのだが、その使用料はお金で支払う。コインロッカーをコインロッカーで払うというバカげたことはできない。これに対して、お金を借りた場合には、元のお金も使用料も、ともにお金で支払わねばならない。そのことによって「増やす」という行為が必然になってくるのである。

 借金の本質とは「増やして返す」ことだ。いわれてみれば、なんともあっけない、馬鹿にするなといいたくなるくらい常識的なことかもしれない。しかし、このことを意識して借金することがあっただろうか。そして、この「増やして返す」ということができなくなって、人は借金地獄に転落していくことになるのである。

 借金を「増やして返す」経済行為と理解すると、そこには抜き差しならぬ矛盾が含まれていることに気づかされる。

 借金というのは、お金をなにかに使うという目的があって行うものだ。お金は、ほかの人の持ち物と交換して、それを相手に渡してしまえば手許に残らない。だから、そのままでは借金したお金は借りた相手に返すことはできない。それどころか、お金を単に所持しているだけでは、自然に増えるという可能性はいささかもない。財布のなかに入れた一万円札が明日になったら二万円になっていた、などということが起こればうれしいが、そんなことは現実にあるはずもない。だから、借金を返すためには、別のところで現金収入、いいかえれば「所得」を稼がなければならない。

 ところが、その所得は、借金した後のほうが利子分だけ増えていないと困ったことになる。もし所得が同じなら、借金を返すためにはそれまでの生活のどこかを切り詰めないといけない。貯蓄に回していた分などがあれば、それを返済分に充てればいいのでこのことをあまり意識しないで済む。しかし、余裕がまったくないところで借金をすると、生活費を削って借金返済をしなければならない。さらに、こうした状態で、もしリストラなどで給料を下げられたり、失職して給料が入らなくなると、あっけなく返済に窮してしまう。そのことは誰でも分かることだ。

 繰り返しになるが、借金するのはたいていの場合お金が「足りない」ときである。それなのに、借金した途端に利子が生じ、その分を増やして返さなければならない。このために、お金が「ますます足りない」という状況を招くことになってしまうのである。これは矛盾以外の何物でもない。

 しかも、切羽詰まってお金を借りようとすれば、返済不能という「貸し倒れ」を計算にいれた、より高い金利を払うことが要求される。したがって、返済はさらに困難になっていく。借金というのは、このように大きな矛盾を抱え込んだ経済行為なのである。

 計画的に「ご利用」、つまり「増やして返す」ことが最初からできるなら、誰が好き好んでサラ金なんかに行くものか。

 人はたいていの場合、豊かになりたくて借金する。しかし、借金をした後に所得が増えなければ、身銭をはたいて返済するしかない。借金をすると、かえってそれまでよりも貧しくなる可能性がかなり高くなるのだ。

 本当に、痛切な文章であります。

 買い物のときは、買おうとしているものが、今後絶対に必要なモノかどうか、熟慮してから購入します。

 以上の内容を肝に銘じて、「足るを知る」生活を実践するよう、心掛けます。

   

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